教養がある人

事は「無限の神」を信じるかどうか…ですから、除いておいて、キリスト教以外の神が存在する、 ということは、グノーシス派、あるいは、ユングのいうことが正しいのではないか、と、

信者の中でかなり教養がある人に聞きました。 はぐらかされただけで、答えは出ません。
だから、自分で「答え」を考えました。 といっても、 家族に内緒で自己破産あくまでもクリスチャンにとっての「答え」で、こういうときにクリスチャンならどう考えるのが妥当かということです。 あるのは、観念だ。
キリスト教の主の実在については保留するとして、他の神は、観念ないし、インチキな存在(人や悪魔など)の僭称。 そう考えると、 たとえば、日本の生長の家なども、このベトナムの宗教と同じ考えを取っているのは、自然だと思います。 生長の家のシンボルは、仏教と神道とキリスト教を融合させたものです。 観念の妥当性ではなく、観念を作り上げた人間や、観念を作り上げたということ自体を敬っているのだな。 これは、医療と同じです。